私のこと

#59 母との思い出の回復

今日は普段のブログと違ってヘヴィーな内容になっています。重い話が苦手な人はスルーしてくださいね(^^ゞ

 

 

#57と時期を同じくして、人生を変える本に出会った。

 

去年の療養生活は、リハビリをしながら投資の勉強と親しい人に会い、カウンセリングを受ける日々で過ぎていった。

カウンセリングでトラウマケアをしながら知ったこと、

長年の私の生きづらさは愛着障害が原因だった( ・∀・)

 

先に私の生い立ちを話そうヽ(^o^)丿

私は、昔から母が大好きだった。
でも、母は子どもが嫌いだった。

小学生の頃、何日もお風呂に入ってなくて、歯も磨かず、よく同じ洋服を着ていた。
くさくて嫌われ、いじめられていた(-.-;)
担任の先生が、クラスのみんなに言ってた。
「チチのお母さんは看護師さんをしていて忙しいから、チチはみんなみたいな生活ができないから理解して」って。(そりゃークレームくるぜ)


中学生に上がると、自分の顔を垢すりで血が出るまでこすることが時々あった。
母に自分を見て欲しかった。

周りの子たちが、普段親に相談してることを知り、私も相談してみよう!とウキウキで帰宅して、玄関を開けて母が見えたからすぐに言った。「お母さん相談ある!」って。
怒鳴られた。(キョーレツだったぜ)

よく、言うことを聞かないと無視された。(この扱いがいちばんツラかったな(・。・;))


高校生になると給食がなくなった。
母からお昼ごはん代をもらい、タバコを買っていた。
歩いてる時、足の骨が折れた。
骨粗鬆症、栄養失調になっていた。

幼少期から、いつもお腹をすかせていた。温かいご飯をくれて、体を洗ってくれるおばさんの家が好きだった。

高校を中退し、東京に出た。

父方のおじぃが亡くなり、葬式には3000人を越える人が手を合わせに来てくれた。
生前のおじぃの話を聞いて、おじぃに恥じないよう生きていきたいと思い、働きながら大阪の定時制高校に進んだ。

卒業後、東京に戻った。
母は私に電話番号すら教えてくれなかった。

22歳の時、高齢者への虐待を見たことがきっかけになり、看護師になろうと決めた。

母とは連絡を取ることがあったけど、長い間、自分は仲間はずれにされていると感じていた。

無意識に人の顔色を伺うことが染み付いた。

周りの身内からは、「チチは愛情に飢えている」と陰で言われていた。
全力で否定していた(笑)

28歳の時、母に認められたくて、褒められたくて、大学に進学した。

31歳まで、月に一度見る夢があった。
海で母に置いていかれ、いくら呼んでも振り返ってくれなくて、「おかあさーん!」と泣き叫んでるけど母には届かなくて、母が消えたところで目が覚め、過呼吸が起きたり泣いてたりしていた。

32歳、看護大学を卒業して母に報告した。
「あんたはいいね、大学まで行かしてもらって」と言われた。願いは叶わなかった。

小さい時から、母から愛されないのは自分が悪い人間だからだと思ってきた

(´・ω・`)

大人になり、誰かから好かれたり褒められたりしても、この人は本当の私を知らないからだと思ってきた。

私は、虚無感とともに生きてきた。

母を恨むようになり、母と同じ血が流れる自分のことが嫌いだった。消えたかった。

母と同じになるかもしれない恐怖で、自分の子どもをつくることができなかった。

心筋梗塞で倒れても、母は連絡をくれなかった(・。・)



去年の秋、投資の勉強のためにと思って読んだ本が過去の私を乗り越える助けになった(☆▽☆)

「バビロン大富豪の教え」という本で、大切な人・愛する人たちを戦で亡くし、自暴自棄になっていた主人公が借金取りに言われた言葉。



『しかし、お前は今日まで水だけを飲んで生きてきたのか?』

 

\(◎o◎)/!


!!!衝撃!!!

雷に打たれたような衝撃が走り、涙が止まらなかった。

母は、私を命がけで産んでくれて、雨風がしのげる家に住まわせてくれた。
小学生の頃からバスケをさせてくれて、試合を見に来てくれたこともある。
高校生になっても、お弁当を作って運動会にだって来てくれた。夜勤前はよくカレーライスを作ってくれた。


優しい表情で私に微笑んでくれたこともある。
母が私にしてくれた数々の思い出が噴出してきた。

私は、母に愛されなかったわけじゃない。 母は、愛し方を知らなかっただけだった。 母自身が、愛されたい人だったことに気付いた。

それから、自分の中にあった邪悪な感情が消えていくのを感じた。

長年の呪縛から解放された瞬間だった。

母とは、今は連絡を取り合い、今年の3月には数年ぶりに再会することもできた。

早く、また母に会いたいと思う。

 

生きづらさがなくなったわけではないけど、抱えてきた虚無感は消えた(๑•̀ㅂ•́)و✧

何より、私は明るい。笑い上戸で、その雰囲気で周りの人の気持ちも明るくなったりする。 それはまぎれもなく、母譲りだ。

久しぶりに会った母は、シワも増えて、髪も薄くなり、白髪が多くなっていた。 母は年を取った。

これからは親孝行したいなヽ(=´▽`=)ノ

 

まっ、生きてるだけで親孝行か!(≧∇≦)b

 

 

 

最後に、悩む人の助けになる有名な「ニーバーの祈り」を紹介しよう(^o^)丿

『神よ、変えることの出来ない事柄については、それをそのまま受け入れる平静さを、
変えることの出来る事柄については、それを変える勇気を、
そして、この二つの違いを見定める知恵を、私にお与えください。」

 

 

[参考・引用文献]

「漫画 バビロン大富豪の教え 「お金」と「幸せ」を生み出す五つの黄金法則」 ジョージ・S・クレイソン原作、板野 旭漫画、大橋 弘祐企画・脚本、2019.

 

 

 

 

母と桜の木の下で

 

 

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