チチの日常と交流

#50 おばぁ、ありがとう、またね!

大好きなおばぁが亡くなりました。

夜中だったのと、私が胸痛発作を起こした直後だったので、おばぁが亡くなったことは後から聞きました。

認知症を患い、何年も入院生活を送っていました。

おばぁを思い出すと気持ちがほっこりするので、今日はおばぁとの思い出をお話させてください(#^.^#)

おじぃが亡くなる時のお話から。

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おじぃが23年前に亡くなりました。私が17歳の時。

おじぃは狭心症でした。

発症してから10年後のことです。いつも無理をするおじぃ。

おじぃは体調が悪くても無理をして動いてしまうおじぃでした。

おじぃの病状が悪化して、もうそろそろ逝くかもということで、家族全員呼ばれました。

内地(本土?日本?)にいる身内も沖縄に帰ってくるため飛行機で急いで駆けつけました。

おばぁは病院で、次々到着する子どもや孫たちを迎えていました。

すると、知らない人が来ました。

誰だろう?と考えていると、その人におばぁが近付いて、

「よく来てくれたねー」と泣きながら抱きしめていました。

その人、おじぃの隠し子でした。

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おじぃが亡くなってから、おばぁとキッチンでおしゃべりしている時に、おばぁがアロエをそのまま食べていました。

「おばぁアロエ生で食べるわけ?」と私が聞くと、「長生きしないとねー。」とニコニコしながら言っていました。

たまらなく可愛いおばぁ。

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私が24歳の時、今の夫と結婚して横浜に住んでいました。

おばぁの子ども達が東京や埼玉にいたため、おばぁが元気なうちに会いに行こうということになり、私が運転手になっておばぁを色々連れて行くことになりました。

東京のおじさんの家を拠点に、おばぁと色んなところに行くのはすごく楽しかったです。

夜は一緒にお泊まりして、おばぁとたくさんおしゃべりしました。

(写真一枚目)

おばぁがティッシュをたくさん使ってたから、

「おばぁよ!もったいないよー!一枚一枚使ってよ。はっし!」と言うと、

「あい! チチ偉いね。そういうこと考えるようになったの? そうだよ。節約だよー。」

と言いながらまたティッシュ使いまくっていました。

私はおばぁに褒められて誇らしかったです

(*^_^*)

埼玉に行った時は、従姉とおばぁと3人で、電車内でキャッキャッしてはしゃいでて、乗り換えが分からず「あいやーどうしよーどこで降りたらいいかねー。」と言っていると、

紳士な人が近寄ってきて、「○○駅で降りて乗り換えた方が早いですよ。」とニコニコしながら教えてくれました。

お礼を伝え、紳士が去ると、「あの人おばぁに惚れちゃったりしてな?」と言ってまた女子3人でキャッキャッしていました。

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私が看護大学生の時、沖縄に帰省しておばぁもみんなで食事会をしました。

当時のことはFacebookにアップしたのですが、その時の(写真二枚目)会話が残っています。

2013年、3月

私におばぁがこそこそっと話しかけてきました。

おばぁ『チチ、あっちの人よ、さっきからおばぁのことずっとみーちきー(見てくる)するさー(-_-;)』

私『ん?誰が?』

おばぁ『ありっ(あごで示す)』

私『おばぁに一目惚れしたんじゃないの?』

おばぁ『違うさー。おばぁはいくつなのかねーって気になってるんだはずよ』

私『はー!?そうなのかな(笑)』

おばぁ『うん、だぁるよー。(自分の服見て触りながら)おばぁ痩せてないよー。太ったさー。』

って真剣に言ってました。

おばぁ、、、、、

おばぁ87歳。可愛いままでした(*^_^*)

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おばぁが軽い認知症になり、私を覚えているうちに会えるのは最後かもしれないと思い、沖縄に帰っておばぁを連れ食事に行きました。

食事が終わりレストランから出ると、おばぁと別れる時に手を握りながら2人で泣いていました。

おばぁは、私に、「どんなことがあってもがんばりなさいよ。歯を食いしばってやらなきゃいけない時もあるからね。」と言ってくれました。

それから3ヶ月後、おばぁは入院しました。

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おばぁと最後に会えたのは、2019年12月、沖縄に帰って入院してるおばぁのお見舞いに行った時でした。(写真三枚目)

コロナの直前に会えて本当に良かった。

コロナ後は一度も沖縄に帰れていません。

おばぁは車イスに乗って、介護士さんに連れられてきました。

おばぁ、元気そう。顔見れて、会えて、すごく嬉しかった。

おばぁのカバンの中にはブラシが入っていて、服もオシャレで清潔感がありました。

おばぁは入院しても認知症になっても、身だしなみをちゃんと整えていました。

それに、病院のスタッフさんに大事にされてるんだろうなと分かり、安心しました。

おばぁは私のことは分からなくなってるけど、一生懸命色々なことを話してくれました。

「おばぁは家帰ったらたくさんお金あるから、お小遣いあげようね❤️」

通り過ぎた介護士さんたちを見て、

「あれおばぁのお友だち」

とニコニコしながら手を振っていました。

私はというと、おばぁの手の血管に惚れ惚れし、「おばぁの血管美しいね。この血管は長生きできるよ〜❤️」と、おばぁの浮き出た美しく走行する血管を褒めちぎっていました。

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2022年7月末、おばぁの意識がなくなり、もうそろそろ、、、という連絡を受けました。

私は主治医から遠出の許可が降りてないし、自分でも一人で沖縄に帰れる自信がありません。

おばぁが生きてるうちに伝えたいと思い、入院している沖縄の病院に電話しました。

病棟の看護師に、私は遠くにいて会いに行けないから、多忙の中大変申し訳ないけど伝言をお願いしたいです!と言ったら、

看護師「それなら、受話器をおばぁちゃんの耳に当てるから、直接話してくださいね。」

天使さんありがとうございますーーーーーーーーーーーーーー(TOT)

おばぁの耳に受話器が当てられた時、

「おばぁ、チチだよー。おばぁ、大好きだよ。ありがとう。いっぱいありがとうね。お疲れさま。おばぁ、ゆっくり休んでね。」

と伝えました。

まぁ、いざ話す時になったら色んな想いがこみ上げてきて、嗚咽しながらだったからおばぁ何言われてるか分からなかったと思います(〃∇〃)

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2022年8月3日、0時50分。

おばぁ、97歳。

意識がなくなるギリギリまでご飯を食べてたそうです。

人生、生ききりました(^_^)

私は10代の時荒れていて、取っ組み合いのケンカするわタバコ吸うわ高校退学するわ年齢嘘ついてアメリカ軍人のクラブで働くわで、やんちゃ娘でした。

けどそんな私をおばぁは一度も責めたことはありませんでした。

いつも気にかけてくれて、体を気遣ってくれて、

「自分の体大事にしなさいよ。」

「人の言うことはよく聞くんだよ。」

「人にはいつも感謝しなさい。」

「誰かが何かやってくれたら、ちゃんとありがとうございますって受け取るんだよ。」

「そんなにね、悪い人はいないから。けど、人はよく見なさいね。じーっと観察するんだよ。」

「いつも感謝の心を持つんだよ。」

たくさんのことを教えてくれました。

苦労人だったけど、どんな時もグチや悪口ひとつ言わなかったおばぁ。

誰に対しても感謝して、誰に対してもものすごく優しくて、たくさんの人に愛情を注いだ人生でした。

おばぁの手作りの油みそが美味しくて大好きでした。

おばぁ手作りのサーターアンダギーが大好きでした。

おばぁが大好き。

おばぁ、ありがとーん!ヽ(´ー`)ノ

天国でいっぱい美味しいの食べていっぱい楽しんでいっぱい休んでねー!

 

 

この写真を携帯の待ち受けにして看護大学の受験を乗り切りました。
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みんなで食事会をした時。ピースしてニコニコしてるおばぁ可愛かったな。
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コロナ直前の2019年12月、沖縄にお見舞いに行ったとき。これがおばぁに会えた生前最後の日でした。
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POSTED COMMENT

  1. りりちゃん より:

    おばぁの言葉たち、素敵や…ぐはっ涙腺がゆるむっ
    おばぁー!天国で楽しんでねー!泣

  2. チチちゃん より:

    >>1
    うんうんうん!おばぁ天国でも元気に過ごしてねー!!

  3. ふぇこき より:

    ばあちゃんの耳が遠くなり始め、目も少しずつ見えなくなってきた時に、兄弟で何かできることないかな?と長男に相談したところ、
    その気持ちは充分にわかるけど、人は死ぬのよ。今俺達にできることは補聴器を買うことでも目を治すことでもない、俺達が元気に帰って、帰ってきたよ!って笑顔で言うこと。それだけで充分よ。

    って言ってた。
    俺よりもずっとばあちゃんと関わってきた時間が長いのに、そう言えるってのはやっぱ長男だよなぁ。

    確かに、亡くなると思うと、なんとか生き延びてほしいと思うけど、ばあちゃんの歳まで生きて、さらに身体に鞭を打ちながら生きてもらうことになるって考えると、安らかに休んでくださいって思えますよねー。

    ばあちゃんはいなくなっても、どんな人だったか、どんな話し方だったとか、考え方とかをずっと身近な人達で話していけばずっと近くで見守ってくれますよね!大事なことは、忘れないこと。

    ちなみに、ばあちゃんが教えたくれたことのうち3つは未だできてないすね笑
    自分の体大切にするとこと、人の言うこと聞くってやつと、よく人を観察しなさいってやつ笑
    致命的爆笑

  4. 吉幾三 女Ver. より:

    途中まで涙を流しながら読んだのに
    ごめん、おばぁの言うこと
    ほんとにちゃんと聞いてた⁉️⁉️⁉️笑
    となって涙引っ込んだ。

    …コメント欄開いたら
    ふぇこきも同じこと思っていた。

    おばぁ、おつかれさまでした。
    チチの観察力皆無な所や、猪突猛進止められない
    ところは、私たちがカバーして、
    一緒に生きていくから安心してね。

    と、我が家のシーサーに手を合わせておいたよ

  5. チチちゃん より:

    >>3
    ふぇこきさん、素敵な響きですね。奏でるような。おばぁに優しく届くと思います。アリガトウ。

    読みながら、ふぇこきさんのおばぁを見送るまでの間やその後を想像すると涙溢れてきて、拭いながら読んでたらなんかアタシやっちゃってたー!?みたいになって3回読み直したし!(笑)

    涙どっかいったし!(笑)

    本当に致命的だし!!(笑)
    なんも言えねぇんだし!!!(笑)(笑)(笑)

  6. チチちゃん より:

    >>4
    吉幾三 女Ver.さん、おばぁへのメッセージありがとう。シーサーがきっとおばぁに伝えに行ってくれたね。ウレシーサー、、、

    ん〜ほんとにね〜、何も言えないというか〜、、、
    その時おばぁには、うんおばぁ分かったよ、ありがとねって返事してたんだけどさ、おばぁとバイバイしたらすぐ忘れてたんだはず。(笑)
    返事だけは昔から上手!!!

    良いお友だちできたよ、安心してねーっておばぁに伝えたさ(*^_^*)

  7. 大きな古時計の人 より:

    四つの年号を生き抜き、様々な事を経験し、色々な人にたくさんの事を伝えてきたであろう、おばぁ。
    本当にお疲れさまでした。

    天国ではもっとわがままになってもいいと思うけど、相変わらずのマイペースなんだろうね。

    チチは、おじぃとおばぁのクォーター。
    おじぃ譲りの行動力と、おばぁ譲りの笑顔と優しさをこれからも大事にしていって欲しいと思う。

    おばぁの年齢からすると、折り返し地点のまだまだ手前。
    自分の心と身体の事を第一に考え、おばぁの年齢目指して笑顔で過ごしていけるといいね。

    チチの笑顔に集まってくれる人を大事にし、その時々で人間関係が変わっても、自分の芯をぶらさないよう、立ち止まってよく休みよく考え、

  8. 大きな古時計の人 続き より:

    >>7
    自分自身を一番に大事にして、これからも笑顔で過ごしていって欲しいと思う。

    塩分やコレステロールの摂りすぎに気をつけるのも大事だけど、無理のし過ぎとお酒の飲み過ぎには要注意!笑

  9. チチちゃん より:

    >>8
    大きな古時計の人ののっぽさん、メッセージをありがとう。

    おじぃおばぁに恥じないよう生きていこうと思う。
    自分を大事に、周りも大事に、笑顔で無理せずね!

    黒猫太郎と柴柴コンビを看取るまでは生き抜きますよー!!!!!

    あとさ、大きな古時計の人ののっぽさんのメッセージでさ、飲酒がバレました、、、

    _| ̄|○

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